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まずは自己紹介をよろしくお願いいたします。 |
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こんにちは、UNLVホテル経営学部カジノ専攻を2003年5月に卒業した木曽崇と申します。ラスベガスの大手カジノグループPark
Place Entertainment社(以下PPE)勤務、 現在は系列内のカジノであるFlamingo Las Vegasの監査部で働いています。
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職務内容を簡単にご説明願えますか? |
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カジノホテル内の様々な収益部門の監査をしています。 |
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もうちょっと具体的には? |
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監査部ってのはカジノのゲームを専門に扱うGamingとそれ以外を扱うNon-Gamingという2つに分かれているのですが、僕はその中のNon-Gamingの担当です。カジノホテルにはカジノゲーム以外にも、ホテル客室、レストラン、会議場、ウェディングチャペル、バー、小売店、SPA、ショーなどおよそ50項目以上の収益部門があります。大まかに言ってしまうと、そういった様々な部署のお金の流れを管理し、毎日の収益報告書を作るのが仕事でしょうか。
あとカジノ特有の業務としては,コンプの監査なんかもあります。コンプはピットボスやマーケティング、レストランのスーパーバイザーなどカジノ内で様々な人が発行する事ができるのですが、そういうのを集計して正しく処理されているか?を監査するのも僕達の仕事です。
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なるほど。しかし収益部門50項目ってのはスゴイですね。 |
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項目の数も多いですが、一番大変なのはお客様のボリューム自体です。バッフェなんかは一日に約5000人の方がいらっしゃいますからね。うちのカジノではそういった収益部門を11人の監査人で監査しています。
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その中で外国人の方は木曽さんだけ? |
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うーん、その辺は微妙なのですがアメリカ市民権を持たない「外国人」と言ってしまうと僕だけですが、移民系アメリカ人は多いですよ。監査部というのは数字をおもに扱う仕事なので語学のハンディが出にくい。また、一応専門技術を必要とされる技術職でもあるのでそういった移民系の人が活躍しやすい部署なんです。ま、日本人は僕だけですが僕の他にタイ系、フィリピン系・・・そうかんがえるとアジア系ばっかりですね。やっぱりアジア人は数字に関しては強いからでしょうかね?
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そういった仕事環境でのご苦労みたいなものはありますか? |
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やっぱり語学面での苦労は多いです。周りに移民系が多いといっても殆どが数十年アメリカに住んでいる人たちばかり。僕はまだアメリカは3年と少しですからやっぱり不自由さを感じます。特に電話がね…僕等はカジノの中でも一番奥のオフィスで働いていますから、業務上どうしても前線の従業員に電話で色々尋ねなければいけないことが多いんです。
やっぱりそういった時には結構ストレスを感じますね。 電話する前に電話の前で深呼吸をして一旦心を落ち着けて・・・みたいな(笑)
あと不満としては給与が低すぎるってのもね。。カジノって不思議な世界なんですよ。僕達監査部の人間は最前線でサービスをする従業員達の仕事を監視、監督するのが仕事な訳で一応組織の階層的には彼等よりもひとつ上の役職になります。でも実は僕達よりもそういったサービスの人達の方がたくさん給与をもらえるんですよね。基本給は僕等の方が高いですけど、彼等は大きなチップ収入がありますから。僕等の日々の業務にはそういった彼等のチップの監査も含まれていて、そのたびに切なくなりますね。基本給、チップ分を含めると彼等は僕等の2倍以上貰ってますからね。。留学して、大学出て、監査人なんて大層な役職名を貰って・・・結局、貰っている給与はこれだけかよみたいな(笑)
ま、これはカジノのみならずアメリカのサービス産業全体に言える事ですけどね。
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大変ですね。。逆に良かった事はありますか?
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うちのカジノ特有な事ですけど、昼に普通に働けるのが嬉しいです。ホテルやカジノの監査部ってのは通常、真夜から早朝にかけて働くものなんです。でも、うちのカジノは何故か労働シフトが通常の昼シフトでして。。そういう面では人並みに生活できるのが嬉しいです。
あとは・・・ 仕事を始めてから英語力が一段階アップした事位ですかね。日本人は僕だけですし、留学生時代以上に英語を使わなければどうしようもない環境にいますからね。
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なるほど。就職活動とかはご苦労されましたか? |
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幸いな事に卒業後の就職活動に関しては、それほど苦労はしてないです。労働許可の下りた1週間後にはすでに仕事が決まってましたから。そういう意味ではかなりスムーズに仕事が決まったと思います。でも、卒業前もパートタイム(週40時間以内の労働形態)で仕事を探していたのですが、こちらはかなり苦労しましたよ。半年位あちこちのカジノにレジュメを送ってましたが、結局仕事は見つからなかったですね。
でも、その時に一生懸命仕事を探していたノウハウがあったから、卒業後はかなりスムーズに仕事が決まったのだと思います。
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木曽さんの勤務されているフラミンゴラスベガスは1946年開業の超老舗カジノ。その建設当時のエピソードを描いて大ヒットしたハリウッド映画「バグジー」の舞台になったラスベガスの有名ホテルのひとつ。その正面玄関を飾るネオンサインは世界一派手なネオンサインとして数々の映画、TV番組、雑誌の一場面を飾る。
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今回の就職先を決定した決め手は何だったのですか? |
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ひとつがPPEが世界最大のカジノ系列グループだったという事。PPEはアメリカ国内のみならず、世界中にカジノを持っていますからね。外国人の僕にとってはそういったインターナショナルな企業の方が選択肢が多い分だけ有利ですから。あとは、色んな大手カジノ系列の中ではビザサポートに比較的積極的だったということかな。。
僕はまるっきり日本人なのでこちらでの労働権を持ってません。なので、とりあえず今回の就職活動では労働ビザをサポートしてくれる企業を優先しました。実は今回のPPEの他にも2つほどラスベガスの大手カジノから仕事のお誘いを受けていたのですが、それぞれ情報を集めた結果今の就職先が一番ビザサポートをしてくれる可能性が高いということでこちらに決めさせてもらいました。
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就職活動のコツみたいなものがあるのでしょうか? |
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うーん、僕の場合は学校の成績ですかね。 |
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成績ですか? |
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はい。僕、大学時代の成績だけは良かったんです。で、普通はカジノへの就職活動なんかでは殆ど成績の事を聞かれる事は無いんですけど、僕はあえて成績表をレジュメ(履歴書)と一緒に提出していました。成績表のほかにも学校のHonarable
Societyって呼ばれる成績優秀者の会みたいなものにも一応入ってましたし、学部から表彰された事も何回かありましたし、とにかくそういった見栄えの良い事をレジュメの中に沢山もりこみました。
現在の僕のボスには外国人っていう語学のハンディがあるにもかかわらずUNLVでそれだけの成績を収める事ができたっていうのをものすごく評価してもらえまして、面接に行ってその場で即採用が決まりました。その分だけの努力を認められたっていう事だと思います。
あとは、在学中にやったインターンですかね。
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インターン? |
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えーっと、卒業直前の半年弱、ラスベガスのダウンタウンにあるFour Queensっていうカジノで経営インターンをやってました。無給だったんですけど、その分色々目をかけて貰えまして。一応、Financial
ManagerとDirector of Gamingっていうカジノのトップマネジメントの方々のアシスタントとして働かせて貰っていました。
ポジションが経営アシスタントだったということもあって、普通のインターンではあり得ない貴重な体験をさせてもらいましたね。毎朝の経営トップミーティングにも参加させてもらっていましたし、ボスからプロジェクトを与えられてGM(総支配人)以下、カジノのKey
Employeeと呼ばれるトップマネジメントの前でプレゼンテーションなんかもやらされましたし。。大変かわいがって頂いて、彼等には本当に感謝しています。
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そういったインターンはどうやって見つけたのですか? |
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ぶっちゃけてしまうとコネです。「友達の友達の旦那さん」がそこのマネジメントの一員として働いていまして、僕がインターンを探しているのを知っていた友達が、この話を持ってきてくれました。「知り合いがインターンを受け入れても良いって言ってるよー」ってね。
就職活動にはそういった「人との繋がり」ってのは非常に大切だと思います。とくにアメリカでの就職は日本以上にそういった要素が強いと思いますよ。
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なるほど。ここで少し留学の話に移らせてもらいたいと思います。そもそも留学を決意されたきっかけは何だったのですか?
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それを話せばかなり長くなってしまうんですけど、簡単に言ってしまうと「カジノの勉強に来た」のひと言ですかね。僕は元々日本にいたときにショーエンターテイメント業界で働いていまして、その流れで留学を決意する前からラスベガス関連の本なんかも結構読んでたんです。で、ある日人生の転機が訪れまして・・・、「カジノに賭けてみるかな」ってね。その当時、日本でも少しずつカジノ合法化の話なんかが表に出てきていた時代でしたから、ちょうどタイミングがよかったんでしょうね。
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という事は、最初からラスベガスに来るのが目標だったと? |
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そうですね。カジノの勉強ができる所といったらここ(ラスベガス) 以外には無いですからね。カジノの勉強をするために留学を決意して、そのために選んだのが必然的にUNLVでした。UNLVはカジノ経営学では、一応「世界一」の評価を受ける学校ですから。 |
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ラスベガスでの大学生活はいかがでしたか? |
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「辛かったけど、やれる事はすべてやった」のひと言です。僕は24歳という比較的高年齢での留学でしたし日本で大学を一回出ての第二学士留学でしたから、気持ち的に「甘え」が許されない状況だったんですよね。だからこの留学生活は自分の持てる力の限り、精一杯やろうって当初から決めていて。。
学校の成績は毎セメスターでオールAを取るっていうのを自分に課していましたし、学校以外の部分、学外活動や遊びの面でも本当に力の限り頑張って本当に思い残す事の無い留学生活でした。
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さて、最後になりますが今後の目標みたいなものはありますか?
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一応、短期、中期、長期の3つの目標を立ててるんですけどね。
短期目標はとりあえず今の部署で認めてもらって労働ビザを取得する事。残念ながら僕はまだOPTの労働権(卒業後1年間の短期労働権)しか持ってませんので、それ以降は会社に労働ビザを発行してもらう必要があります。まずはそれが短期目標。
中期目標は今のNon-Gamingでの監査人の修行を目一杯頑張って、次はGamingの方に移る事。Non-gaming、Gamingの両方を勉強すればカジノ監査に関してはスペシャリストになれますからね。あとはその経歴を持って次の段階を目指すつもりです。あとはその課程でもう少し上の学位の取得も考えています。UNLVの院に行くか、もしくはMBAにチャレンジするか。。まだ、具体的には決めていませんが。
最後に長期目標は、この先日本がカジノ合法化をする事になったら、ここで学んだ自分の知識と能力を日本に持ち帰る事。そもそも僕がアメリカに来た目的はそれですから。まだまだ日本でのカジノ合法化の可能性は低いですが、日本という国がもし僕の力を必要とする日が来たとしたら真っ先に飛んで帰るつもりです。
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本日は長いインタビューをありがとうございました。目標に向かって頑張ってください。
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どう致しまして。こちらこそありがとうございました。
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ミス、不正といった事が絶対に許されない職場に身を置く木曽さんからは、真面目で厳格な性格をうかがい知る事が出来ました。他人にもそして自分にも厳しい木曽さんのような人物が
日本カジノ合法化の暁には、業界のリーダーとして 活躍される事でしょう。今後も目が離せない人物です。
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