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UNLVのアスレチックトレーニングプログラムを卒業し、ラスベガスグラディエーターズでアスレチックトレーナーを務める福田康夫さんにインタビューしてきました。

 


LV Gladiators

まずは自己紹介をよろしくお願いいたします。

 初めまして、福田康夫です。こちら(アメリカ)では、ガスというニックネームで通ってるんです。

ガスさんですか?そのニックネームはどこから来たんですか?
 
UNLVのカリキュラム(健康科学部にあるアスレチックトレーニングプログラム)で野球部の学生トレーナーになった時に、ヤスと自己紹介したんですけど、あまりちゃんと覚えてもらえなくて、コーチからガスが良いよって(笑)。それ以来、ガスで自己紹介しています。

UNLVのアスレチックトレーニングプログラムとはどういったものか説明していただけますか?

 アスレチックトレーナーになりたい学生が試験を受けて、入るプログラムで5セメスターをかけて、UNLVの色んなスポーツチームでおきる怪我をケアする実習付のプログラムです。

 アメリカ人と一緒に活動をするという面白さもありますし、僕が特に面白いと思ったのは、アメリカのスポーツ、特にアメフトの社会的なでかさを肌で感じれたことですね。だって、他の大学へ試合しに行くときなんかは、選手、スタッフ総勢100人くらいが飛行機一台貸しきりで移動して、スタジアムは3,4万人くらいの観衆でぎっしりですから、本当驚きますよ。

アメリカでの学生生活はどのように過ごされたんですか?

 最初の1,2年は毎日新しい発見があって本当楽しかったです。文化の違いとかがすごい新鮮だったし。外国人と住んだり、多国籍なサッカーチームを創って大会で優勝したり、大自然へキャンプに行ったりとても充実していましたね。

 アスレチックトレーニングの授業も内容が充実していて、人体解剖や傷害を見極める授業、リハビリの授業などは求めていたもの以上の内容でした。

アメリカに留学された理由はアスレチックトレーナーだったんですか?

 そうですね。体育の教員になって、サッカー部の顧問になろうと思って、日本の大学を卒業したんですけど、教員浪人していた1年間、興味があったアスレチックトレーナーをいろいろ調べたり、トレーナーの研修したりして、そこのかたがアメリカでアスレチックトレーナーを学んだ方で僕もアメリカで本格的に勉強しようと思い、留学を決めました。

またどうしてアスレチックトレーナーに興味を持ったんですか?

大学でサッカーをしていて、体育学科で少し怪我の事を勉強していたので、トレーナーっぽいことを始めたのがきっかけです。今よく考えると、人が知らない知識や技術を持っていたり、自分が必要とされたり、役に立ったり、人に喜ばれたり、そんなのが嬉しかったんだと思います。
アスレチックトレーナーは新しい分野ですか?

 日本では鍼灸師さん、柔整士さんなどが同様の活動をしていますが、ここ10年−15年くらい前からアスレチックトレーナーも増えてきて、アメリカに留学している学生も大分増えてますよ。日本にも数多くの専門学校ができていますし。

僕もUNLVでアスレチックトレーニングを専攻した日本人では6、7人目になりますから。

今はどんなお仕事をなさってるんですか
 

 2002年の夏にUNLV を卒業して、アスレチックトレーナーとしてスポーツ傷害をケアする仕事をしています。 僕が働いているのは、ヘルスサウスという会社で、理学療法治療院を全米に経営しています。会社のスポーツメディシン部がスポーツチームや学校、イベントなどと契約を結んで、アスレチックトレーナーを帯同させてそこでおきる怪我の処置をするんです。

軽い怪我だと、擦り傷、打撲ですが、なかには捻挫、骨折、脱臼とかも結構ありますよ。救急車を呼んだり、付き添いで救急車に乗ったりすることもあります。

具体的にはどんなことをなさるんですか?

 今は午前中にラスベガスグラディエーターズという室内のアメフトチームを、午後にグリーンバレー高校の部活動をみていますが、肉離れをしないように体をストレッチしてあげたり、足首を捻挫しないようにテーピングをしてあげたり、怪我をしてしまった選手の応急処置や怪我から早く復帰できるように治療やリハビリをしてあげたり、といった感じです。

グラディエーターズはUNLVのキャンパス内にあるトーマス&マックセンターでホームゲーム(2月−5月)をしているので、ぜひ見に来てくださいよ!

就職活動はどのようにされたのですか?

僕の場合は、卒業前のセメスターのインターンシップ先の高校に空きができたのでそのままそこに就職しました。最初はオプショナルプラクティカルトレーニングビザで働ける1年間しか考えていませんでしたが、グラディエーターズの話も舞い込んできて仕事が面白くなってきたので、移民弁護士さんと相談してみたら、アスレチックトレーナーでなら就労ビザ(H-1B)の申請条件も満たしているという事で、就労ビザでもうしばらくアメリカに残る事にしました。


アメリカの歴史や文化は、アメリカンフットボール抜きには語れません。そして、そこで起きる怪我と共にアスレチックトレーナーは生まれました。スポーツや健康が重要な位置を占める現代社会では、その価値はますます認められていくことでしょう。


仕事ではどんなことが大変ですか?

 やっぱり、英語は今でも大変ですけど、選手や高校生にからかわれながら楽しくやっています。今でも苦手な発音は練習してますよ。基本的な文化の違いはやっぱりありますから、それは無理せず両立できるように心がけています。

仕事ではどんなところが面白いですか?

 怪我してしまった選手のリハビリ計画がうまくいって、競技に復帰して活躍してくれるときなどは、とても嬉しいですね。原則は自分の能力を生かして、誰かを助けて、貢献して、感謝されるといった過程なんだと思います。言ってみれば、僕の仕事もサービス業ですよね。 

プロのチームで働いて面白いのは組織の内部事情がわかるところですね。チームの経営やシステム、チームとしての浮き沈みをそばで見ているのはとても興味深いですね。遠征試合とかはちょっとした旅行気分で、楽しいですし。

将来はアメリカに残るんですか?

 はっきりとは決めていませんが、アメリカという国の文化の一部にとても魅力を感じているんですよ。日本もアメリカも一長一短はあると思うんですけど、アメリカはこうなんか、チャンスに開けていたり、個人が重んじられているようなところが良いところだと思うんですよね。 やっぱり、アメリカに住むことで、日本の良さも余計に感じますし、日本への帰国や滞在がとても特別なものになるっていうのも嬉しいですよね。

今後の夢などがありましたら、聞かせてください。

 そうなんですよ。最近自分に今後の目標は何かなって自問しているんです。アメリカに留学する前だったら、夢はジェーリーグのアスレチックトレーナーになることって答えていたと思うんですけど、5年間もアメリカの文化に感化されて、結婚もすると、昔憧れていた夢は、そんなに魅力的ではなくなってしまって。

最近は仕事だけが人生じゃないなと思えてきて、仕事の夢よりも、人生の夢や目標を立てようと思ってます。

これからはアスレチックトレーナーだけではなくて、もっともっと色んなことに挑戦したり、感動したり、家族を大事にしたり、意義のある活動に携わって充実した生活を送れるようになる事が僕の目標です。

最後に学生の方々に何かメッセージやアドバイスをお願いします。

 そうですね、、。僕も学生の時には気がつきませんでしたし、そんな先のことは考えもしませんでしたが、就職した後初めて見えてくるものが沢山ありました。今思えば、仕事に就く事や働くってことは、もちろんとても大事なことなんですけど、人生のほんの一部でしかないと思うんです。

別の言い方をするなら、仕事は働いてお金を稼ぐっていうことだけではなくて、何かを楽しむための手段なんじゃないかなぁとつくづく思うんです。それが、何かを学ぶ事だったり、新しいプロジェクトを企画する事だったり、人と協力する事だったり、人に感謝される事だったり。それを全部ひとまとめにしてできたら、仕事は心底楽しいんだと思うんですよね。

だから、仕事を選ぶときは、どの仕事が一番自分を喜ばせてあげられるかとか、自分は何を最も楽しみたいのか、その仕事を通して何ができるのか、とかで選ぶと良いんだと思うようになりました。

実際には言うほど簡単には行きませんけど、みなさんと一緒に頑張っていきたいです。

なかなか深いアドバイスをありがとうございます。お忙しい中今日は本当にありがとうございました。
 こちらこそ、ありがとうございました。こういった機会を頂けて嬉しいです。このような未来へドットコムの活動はとても素晴らしいですよね。これからも応援してますので、頑張ってくださいね。


福田さんは仕事や人生をひたむきに考える、とても誠実な印象を持った方でした。スポーツ、健康、医学
が注目されるアメリカで、特殊な技術を持ったアスレチックトレーナーの活躍の場は広がる事でしょう。これからいろいろな事に挑戦して行くということで、未来へドットコムでも応援いたしております。

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