自分の決めたことで犠牲になるもの。
(2004.12.18)
母からの電話。「驚かずに聞いて。」
仕事帰りの車の中で聞かされた、伯母の余命。まだ53歳なのに。 父のお姉さんにあたる人で、父の母(私のおばあちゃん)も50代で全く同じ癌で亡くなった…。告知されたのは、何の偶然か、おばあちゃんの月命日。「なぜおばちゃんが…」としか浮かばない。従兄の気持ちを考えると耐えられない。手のつけられない状態になっていて、すぐ終わってしまった手術。あとは抗がん剤に頼るしかないらしい。まだ元気らしいけど、見る見るうちに変わり果ててしまうだろう。電話先の父の声は笑っていて元気だったが、きっと辛いに違いない。若くして亡くした彼のお母さんと同じ病気でお姉さんがまた…。
私がアメリカに来て2年半。わがまま気ままにここまできて、挙句の果てには「アメリカが好きデース!」っと仕事もこっちで見つけたくなる始末。けど、ふと考えさせられる。何にも変えられないものが日本にはあるのだ。私の家族がいる。こっちに来るとき、「何があってもしょうがない。それも覚悟。」と決めてきたはずなのに、現実にぶつかると辛すぎる。
この冬。年明けにでも時間が見つかれば短気でも帰ろうかと思う。けど、抗がん剤が効けば、余命も伸びる可能性もある。「本当にだめになったら帰っておいで」と。けど、だめになるか、良くなるか分からないうちになくなる可能性もある。
ふと思った。ネットや電話で世界は近くなったといえども。やはり遠い。私は、自分で決めて一人この国へ来た。犠牲にしたものがそんなに大きかったとはそこまで気づいてなかっただろう。
生きてます。
(2004.12.08)
長いことご無沙汰。ただ、生きてることを報告のためにやってまいりました・・・。友達の家でグーグー寝るくらいなんか疲れてるんだよね…。そんな死ぬほど忙しいわけではないけれど。
えぇ、今年の冬は、マネージャーからの日本帰国の許可をいただけず、ベガスにStuckで、どーせクリスマスも、どーせNew Year's Dayも、見事に働きアリよね…。まるですでに社会人だ。このシーズンはとても暇だというのに…カジノで働いてるとお店を空けなきゃいけないので店員はいる…っつー話よね。おまけに私のデパートメントは人員不足。日本にすんごーく帰りたかった私だから、帰れないことが判明してすごくショックだったけど、いまはあきらめて、フルタイムで働いてやるわーい!っとやる気満々…。悲しいかな、イベントはイヤじゃい。っま、休日は給料が倍なので良いとする。来年のヨーロッパ旅行の貯金が増える。
別のデパートメントに移ったCo-workerがEDRで食事中、私を他の人に紹介するときに、「彼女はね、UNLVでHotel Majorなの。いずれは私たちのBossになるかもしれないわよ♪あられはステキなBossになるわ〜☆彡」なんて言ってくれた。嘘でもうれしかったね。何を見てそう言ってくれているのかは分からないけれど。
毎日毎日…1歩ずつたどり着くべきところへ近づいていけてるのかね。
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